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神戸地方裁判所 昭和33年(ヨ)378号 判決

債権者 樽谷好次

債務者 東亜バルブ株式会社

主文

債務者が、債権者に対し昭和三十三年八月二十三日になした即日解雇する旨の意思表示の効力は、仮に停止する。

債務者は、債権者に対し即時金二十万七千円を仮に支払う外、昭和三十四年七月末日以降毎月末日に金二万三千円ずつを仮に支払え。

債権者のその余の申請を棄却する。

申請費用は、債務者の負担とする。

(注、無保証)

事実

債権者代理人は『債務者が債権者に対しなした昭和三十三年八月二十三日付解雇の意思表示は仮にその効力を停止する。債務者は債権者に対し昭和三十三年十月二十日以降毎月二十日金二万三千円ずつを仮に支払え。申請費用は債務者の負担とする。』との仮処分命令を求め、その理由として、

債権者は昭和三十二年三月二日債務者に雇入れられ爾来引続きその従業員たる地位に在るものであるが、債務者は債権者に対し昭和三十三年八月二十三日『労働契約期間の更新に応じない』ことを理由として債権者の三十日分の平均賃金に相当する金二万五千六百三十八円を解雇予告手当として送付するとともに即日解雇する旨通告した。

ところで債権者は債務者に雇入れられるに際して、雇傭期間を昭和三十二年三月二日以降同年五月一日迄の二ケ月とする臨時工として鋳鋼弁旋盤作業に従事すること、賃金を日額金五百五十円とする旨の契約を結び、且右契約内容を記載した労働契約書を作成したのであつて、その後二ケ月の約定期間の満了のつど債務者の申出によつて次期二ケ月間につき前同内容(但し賃金額については後述のように債務者主張のとおり改訂されている。)の契約書を作成して継続就労して来たのである。そして右例によれば昭和三十三年七月二日新に契約書を作成すべき筈のところこれにつき債務者からなんの申出もなく、しかも債権者としてはおそくとも昭和三十三年三月二日に債権者が労働基準法第三十九条により年次有給休暇を与えられる資格を得て以後は既に債務者との雇傭関係は実質的には期間の定めのないものとなつたのであつて従前通りの契約書作成の反覆は全く無意味な単なる形式に過ぎないものと解していたので従来通り就業し、同年八月十日から八日間墓参に帰郷するため、その間の四労働日を有給休暇に充て続く二日間を欠勤して同月十八日から再び出勤したところ債務者から同年七月二日以降の雇傭に関する前記契約書の調印作成方要求を受けたのである。これに対し債権者は債務者との雇傭関係及び契約書に関する前記のような考えから債務者の右申出を拒絶して契約書の作成に応じなかつたところ冒頭記載のように本件解雇の通告を受けたものである。

しかしながら債権者、債務者間の雇傭は前記のように、既におそくとも昭和三十三年三月二日以降は期間の定のないものとなつているものであるからもはや更新の余地のないものであり、仮に当初の契約以来二ケ月の期間の定のある雇傭が反覆継続せられているものとしても、債権者は前約定期間の満了した同年七月一日を過ぎても引続き債務者の工場において全く従前と同様の労務に服しているのであり、債務者はこれに対し何等の異議を述べなかつたのであるから債権者、債務者間の雇傭関係について黙示の更新がなされたものと認むべきであつてその他に敢えて更新の行為を要すべきものではない。

従つて既に実質的には債権者、債務者間には雇傭関係が有効に存続し、または有効に更新せられているにかかわらず、偶々債権者が空虚なる一片の形式的文書と化し去つた契約書作成を拒否した一事を捉えてこれを理由として解雇するが如きは権利の濫用として無効というべきものである。

そして債務者の従業員には所謂臨時工と本工の二つの種別があり、両者の間にはその賃金算出の基準たる一般的賃金体系を異にすること、臨時工には本工と違つて退職金規定の適用がなくまた家族手当が支給せられないこと、臨時工には必ず雇傭期間の定(大部分は二ケ月間である)があるに反して本工には期間の定がないこと等の待遇上の差異が存するのであつて、債権者は右に所謂臨時工として雇入れられたものではあつたけれども、その技能は旋盤工としては熟練工であつて本工に劣るものでなく債務者の事業場において継続従事して来た作業もその内容、種類において本工の従事しているそれと同一であり、その待遇に関しても健康保険、厚生年金保険、失業保険には本工と同様に加入しているのであるし年次有給休暇を得ることもできるのであるから前記のような相違を除いてはその地位の実体は本工と何等の差異あるものではない。そもそも『臨時工』なる呼称は我国の半封建的社会構造の歴史的所産である。すなわちその本来の意味は臨時に補助的に雇傭される従業労務者を示す呼称であつたのであるが、その呼称そのものが当該労働者の解雇を容易になし得るとする如き語感を伴うこと、いわゆる本工と比較して臨時工は元来その地位において差別の附されたものとして格付けし、臨時工に対しては一般的にその労働条件を本工より低劣ならしめることによつて企業利潤の増大を期し得ること等の理由から、やがて当該企業における恒常的且基本的作業に従事し、その技能においても、従事する作業内容においても本工と何等の差異なく事業の遂行運営に不可欠の従業員にも臨時工と称せられる者が存在するに至つたのである。此のような所謂臨時工の性格を考えれば債権者に対する本件解雇が専ら本工と臨時工との間の労働条件の優劣の差別を維持しようとする目的に出たことは明らかであつて、かかる目的意図に基く解雇権の行使は権利の濫用として無効といわなければならない。

従つて債権者に対する債務者の前記解雇の意思表示は無効であつて債権者、債務者間にはなお雇傭契約関係が存続し、債権者は債務者に対し右雇傭関係に基き賃金請求権を有するものというべきところ、債権者の賃金の額は三十日分の平均賃金額が金二万五千六百三十八円であり、債務者会社における賃金支払方法は毎月十五日締切り同月二十日に前月十六日以降の賃金を支払う定めである。

尚債務者が右解雇通告と共に予告手当として送付した前記金二万五千六百三十八円は債権者において同年九月分賃金の前払としてこれを受領したのである。

そして債権者はその労務の報酬として取得する賃金のみを生活の資とするものであつて解雇の無効を確定する本案判決の確定に至るまで債務者より賃金の支払を受けることができないとならば到底その間の生存を全うすることができない状況にある。

よつて前記仮処分命令を求めると陳述し

債務者の主張に対し、債務者会社の企業形態、事業内容の詳細がその主張のとおりであること、及び債務者会社の従業員に対する賃金体系の変更がなされ報奨金支給範囲を臨時工に拡大したこと、これにより一般的に従業員の収入が増加したこと等給与の額がその主張のとおりであることはいずれも認めるが、その余の主張事実はすべて争う。殊に債権者は本工であるからという理由を明示して臨時工契約書の調印を拒絶した事実はないし、また債権者に対する本件解雇は決して債務者の主張するように債務者会社の受注量の多寡による仕事の繁閑に応じて労働力を調節した結果としてなされたものではないと述べた。(疎明省略)

債務者代理人は『債権者の本件仮処分命令申請を却下する。申請費用は債権者の負担とする。』との裁判を求め、答弁として、

債務者が各種高温高圧バルブの製造を業とする株式会社であること、債務者が昭和三十二年三月二日債権者との間に期間を二ケ月と定め臨時工として就労せしめることを目的とする雇傭契約を締結し、爾来債権者が期間の点を除き同一雇傭条件を以て(但し給与は後記の如く途中で改訂せられた。)昭和三十三年八月二十三日迄引続き債務者の事業場において労務に服して来たこと、債権者が同年七月二日以降の就労に関し作成すべき労働契約書の作成をなさないままで従前通り就業を継続して来たこと、債権者が如何にしても上記契約書の作成を肯じないので昭和三十三年八月二十三日に至り債務者が債権者に対し平均賃金の三十日分に相当する金二万五千六百三十八円を解雇予告手当として提供して即日解雇する旨の意思表示をなし、該意思表示が同日債権者に到達したことはいずれもこれを認めるが、右解雇通告の当時における債権者、債務者間の雇傭関係が期間の定のないものであつたとの債権者の主張は争う。なるほど債権者が昭和三十三年三月二日以降有給休暇を与えられる資格を有することは認めるけれども、これは債権者が一年間以上債務者の事業場に継続勤務したことによつて労働基準法第三十九条に基き債務者が債権者に有給休暇を与えたというに止まり、此のことの故に債権者に対する雇傭条件に変更を来し従前期間を二ケ月と定めた雇傭が期間の定のないものになつたものと解すべき理由はないのであつて、右解雇当時における債権者債務者間の雇傭は依然二ケ月の期間を限つたものである。

そして債務者会社においてその従業労務者を『臨時工』と『本工』の二種に区別し、此の二種の従業員の間においてはそれぞれ適用さるべき賃金体系を異にするに従いその給与額に高低の差の存すること、本工に支給される家族手当が臨時工には支給せられないこと、臨時工は雇傭期間が二ケ月に限定せられていること等の差別がその処遇上存することは債権者主張のとおりであつて、右臨時工に該当する労務者の雇入については一般的取扱として、先ず雇入の当初において雇傭期間を二ケ月と定めること、その他賃金額等の労働条件を明示した労働契約書に各々調印せしめ、爾後は使用者たる債務者において特に更新拒絶の意思表示をなさない限り、期間満了のつど更に二ケ月間前同様の労働条件を以て雇傭を継続するものとするが、労働基準法第十五条の精神を尊重し雇傭条件の明確を維持するため雇傭条件を明示した契約書の作成を必須の条件とするものとなし、前期間の満了に先立ち当該臨時工に対し次期の雇傭に関する契約書の作成のための調印を促し更新に際し必ず新に契約書が作成されるよう励行して来たのであつて、もとより債権者においても右取扱いを承認し、債務者の要求に応じて昭和三十三年五月二日の更新期迄はそのつど所定の労働契約書に調印して雇傭を継続して来たのである。このように臨時工については契約書はその雇傭条件がその記載によつて定まり、これを明示するものとしてその雇傭に必要不可欠の文書であつて、決して債権者主張の如く単なる形式的文書にすぎないものということはできないのであるし、またかかる重要文書として現に臨時工一般につきその作成を継続し励行している以上、契約書の作成はそれ自体業務上の規律をなすに至つているものである。

さればこそ債権者との雇傭契約についても雇入の日である昭和三十二年三月二日以降昭和三十三年七月一日までの間に、雇傭期間自昭和三十二年三月二日至同年五月一日、日給五百五十円・雇傭期間自昭和三十二年五月二日至同年七月一日、日給六百円、六月分(五月二十一日より)・雇傭期間自昭和三十二年七月二日至同年九月一日、日給六百五十円、八月分より(七月二十一日より)・雇傭期間自昭和三十二年九月二日至同年十一月一日、日給六百五十円・雇傭期間自昭和三十二年十一月二日至昭和三十三年一月一日、日給六百八十円、十二月分より(十一月二十一日より)・雇傭期間自昭和三十三年一月二日至同年三月一日、日給七百円、二月分より(一月二十一日より)・雇傭期間自昭和三十三年三月二日至同年五月一日、日給七百円・雇傭期間自昭和三十三年五月二日至同年七月一日、日給七百円と各記載した労働契約書を期間満了のつど作成し債権者も異議なくこれを調印して来たのである。

尤も債務者において昭和三十三年五月二十六日従業員中本工のみを以て組織する労働組合との間に賃金改訂に関して協議が成立した機会に、臨時工についても従前の給与基準を改訂し且従来は本工にのみ支給していた報奨金を臨時工にも拡大支給することとし、基本賃金については同年五月二十一日以降分については改訂基準によるべく、報奨金は同年四月分に遡及して支給すべきものと定めたが、右給与の変更については各臨時工の既存の契約書の記載を訂正することなく、各自にその旨口頭告知し併せて『日給変更通知書』を交付し、これによつて債権者については同年五月二日作成の前記契約書記載の賃金は改訂せられた効果を生じたものとの取扱をしたのであるが、このように賃金改訂が契約書の記載を訂正する方法によらなかつたことは直ちに該契約書を形式化、空文化せしめるものではない。また債務者会社備付の賃金台帳に債権者の最初の雇入の年月日のみ記載せられているからといつて前記のような契約書の作成が単なる形式にすぎないものとなすことはできない。何故なれば賃金台帳は債務者会社における賃金計算に関する内部的事務処理上の記帳にすぎないものであつて、期間更新のつどこれを書き改める煩労を避け便宜の取扱をすることは格別奇異なことがらではなく、特別の意味を与うべきものではないからである。

ところで債務者は債権者との間に昭和三十三年五月二日に更新せられた期間の満了に先立ち、同年六月二十五日頃から債権者に対し屡々同年七月二日以降更新せられるべき雇傭に関する契約書に調印すべきことを促したが債権者は印判を忘れた等言を左右にして調印せず、同年七月一日前の期間が満了した後も契約書に調印しないまま従前通り就業していたが、その間債権者、債務者双方共に七月二日以後の更新を拒絶する旨の積極的意思表示もしなかつたから、七月二日以降期間を二ケ月とし前同様の条件による雇傭関係が成立した。そして債権者は引続き契約書に調印することなく日を経過しその内八月十日から同月十七日までは出勤しなかつたので同月十八日更に債務者から契約書の差入を求めたがなおこれに応じないので債務者としては勤労課長及び作業課長等をして説得勧告せしめたが債権者は現に臨時工としての契約書を作成していなのであるから本工であるとの主張を変えず同月二十二日臨時工契約書に調印することを明らかに拒否したのである。かくて債権者は債務者との間に存続している雇傭関係につき前記の様に必要不可欠の契約書をけん欠せしめたに止まらず債務者の右契約書の調印の要求を拒否するにより従前臨時工としてのみ債務者との間に継続して来た雇傭における信義に反し且臨時工の雇傭に関する職場規律を紊乱するに至つたので止むなく本件解雇をなしたものであるから、契約書を作成しないとの事実に原因するからといつて決して解雇権の濫用というべきものでなく、右解雇は正当といわなければならない。

次に債務者においてはその営業内容たる各種のバルブ製造はすべて具体的注文に応じて生産する方式を採つているのであつて、規格を一定した商品の見込生産をなさないために注文の多少に応じて直接作業に繁閑の結果が現われ、従つて事業遂行に必要な労働力の取得もその時々における仕事量の実態に即応してこれを調節することを必要とするものであつて、これが債務者会社において前記のようにその労働条件において所謂本工と差別のある臨時工という群の労働者の存する所以に外ならない。そして一定の事業場に就労する労働者について、具体的場合におけるその仕事の内容種類の異同を問わず、また当該労働者の技能の優劣に拘らず、労働条件に一般的差別の存する所謂『本工』と『臨時工』の二種の群にこれを区別することは我国の経済事情より必然的に発生した制度であつて法律もまたこれを肯定しているところであるからかかる本工と臨時工との区別はすでに当該事業場における既定の組織となりその秩序を構成しているものといわなければならないのであつて、元来臨時工として雇入れられた債権者が単に臨時工としての契約を更新継続した一事を以て直ちに債務者会社の本工となつたことを主張したり、またかかる主張をそのままに認容するが如きは債務者会社における労務に関し職場秩序を紊乱するものであるから、臨時工制度を前提としてこれを維持せんとしてなした本件解雇を以て権利の濫用となすことはできない。結局債権者に対する債務者の本件解雇の意思表示は有効であつて本件申請は理由なきものである。なお債務者会社の賃金支払方法は、毎月二十日締切りで、月末に前月二十一日以降当月二十日までの分を支払うと定められている。と述べた。(疎明省略)

理由

債務者が、各種高温高圧バルブの製造を目的とする株式会社であること及び債務者の事業場において旋盤工として就業していた債権者に対して昭和三十三年八月二十三日付を以て即日解雇する旨の意思表示(以下単に本件解雇若しくは本件解雇通告と呼称する)をなし、該意思表示が同日債権者に到達したことは当事者間に争がない。

そこで右解雇の効力につき判断するに先立つてまず債権者、債務者間の雇傭関係の推移を見るに、債権者は昭和三十二年三月二日債務者との間に、期間を同年五月一日迄の二ケ月間、基準賃金を日額金五百五十円と定め臨時工として鋳鋼弁旋盤作業に従事する旨の雇傭契約を締結し、且右契約内容を記載した労働契約書を作成し、ここに債務者の事業場において就労するに至つたのであるが、右期間満了後も引続き継続就労して昭和三十三年三月一日に至り、その間基準賃金の額は昭和三十二年五月二十一日以降同年七月二十日迄は日額金六百円、同月二十一日以降同年十一月二十日迄は日額金六百五十円、同月二十一日以降昭和三十三年一月二十日迄は日額金六百八十円、同月二十一日以降同年三月一日迄は日額金七百円と変更せられたがその余の雇傭条件には何等の変動がなく、二ケ月毎に前記最初の契約書と同趣旨の契約書を作成して来たことは当事者間に争がなく、また債権者が昭和三十三年三月二日以降も引続き従前と同一の作業場において同一内容の作業に従事して本件解雇通告の日に及び、その間において、基準賃金が同年五月二十一日以後は日額金六百二十八円に減額される反面同年四月以降報奨金の支給を受けることとなるという給与に関する変動はあつたけれども、同年三月二日以降同年五月一日迄並びに同年五月二日以降同年七月一日迄の各期間の就労に関しそれぞれ債権者が各期間の始期に労働契約書を作成したこともまた当事者間に争のないところである。以上の事実並びに成立に争のない乙第二号証の一乃至九によつて、債権者が昭和三十三年三月二日以降同年七月一日迄の雇傭関係に関し前後二回債務者に提出した前記契約書がいずれも就業の場所、従業すべき業務、基準就業時間、二ケ月の雇傭期間及びその間の基準賃金日額並びに基準労働時間を超える時間の労働及び休日労働に対する割増賃金支払に関する定め等を記載し債務者会社及び債権者においてこれに記名捺印したものであつて、その形式、記載内容も基準賃金額が前示の様に変動した点を除けば昭和三十二年三月二日以降昭和三十三年三月一日までの雇傭に関し作成した各契約書と全く同一であることが疎明せられることを併せ考えれば、債権者、債務者間における雇傭関係継続の態様は双方その主張において或は『期間の更新』といい、或いは『契約の更新』と称することがあつてもその実質においては、最初の期間を二ケ月と定めた雇傭契約が期間満了により消滅するや、満了の翌日より期間を二ケ月と定めた雇傭契約を新に締結し、爾後期間満了のつどいずれも期間を二ケ月と定めた新たな雇傭契約を反覆締結したのであつて、債権者は昭和三十三年三月一日を以て前雇傭期間が満了するに際しても従前の例に従い債務者との間に、期間を同月二日以降二ケ月とする前同内容の雇傭契約を締結し、次いでその期間満了に当り更に期間を同年五月二日以降同年七月一日までの二ケ月とする同一内容の雇傭契約を締結したものであることを認めるに十分である。債権者は昭和三十三年三月二日以降年次有給休暇を受け得べき資格を取得したことを理由として同日以降の債務者との雇傭契約が期間の定のない契約になつた旨主張する。そして労働基準法はその第三十九条において使用者は一年間継続勤務し全労働日の八割以上出勤した労働者に対し継続し、又は分割した六労働日の有給休暇を与うべきものと規定し、本件債権者が債務者との雇傭関係において右法定の要件を満たす事実を具えて有給休暇享受の資格者であることは債務者も明にこれを争わず自白するところと看做さるのであるが、労働基準法の定める年次有給休暇は、労働者を、毎年一定期間続継した労働から解放して休養をとらせ、以つて労働者の肉体的文化的資質の維持向上を図り、持続的な労働力の提供を可能ならしめるために設けられた国家の労働政策上の制度であつて、この制度を広く労働者すべてが利用できるよう、同法に定める要件の下にその使用者に休暇を承認しかつその日の給与を支払うべき旨を命ずるものであつてこの目的に鑑み労働者の側からみて労働力の提供が使用者又は事業場の同一などなんらかの意味で継続してなされているとみるべき実態の存する限り、雇傭契約の態様にかかわりなく、年次有給休暇を受けるべき資格があるものと考えられるから、債権者が右年次有給休暇の資格を取得したことを以て債務者との雇傭契約を期間の定のないものに転化せしめる効力を有するものと解することはできないし、その他債権者、債務者間の昭和三十三年三月二日以降の雇傭契約を期間の定のないものと認めるべき疎明はない。

そして債権者が昭和三十三年七月二日以降も引続き債務者の事業場において従前と同一の作業に従事しつつ本件解雇通告の日に至つたことは当事者間に争がなく、その間債務者において債権者に対し債権者の就業を拒否する意思を表示したことの疎明がないのみでなく却つて同年七月二日を始期とする期間二ケ月の労働契約書に調印すべきことを求めたことが当事者間に争のないところであつて、以上の事実よりすれば民法第六百二十九条第一項により債権者は昭和三十三年七月二日以降においてもその雇傭期間を二ケ月と定めた点を除きその賃金その他の処遇につき同年七月一日迄と同様の条件を以て債務者に雇傭せられたものと推定すべく、右推定を覆すべき疎明はない。そして前記民法の規定により右七月二日以降の雇傭契約関係は期間の定のないものとして債務者は民法第六百二十七条にしたがい何時たりとも債権者を解雇することができる地位に在るものといわなければならないところ、債務者が同年八月二十三日債権者に対する本件解雇の意思表示をなしたこと前説示のとおりである。

そして成立に争のない甲第一乃至第三号証、前記乙第二号証の一乃至九、証人辻史郎、同山田悟、同和暮義男及び同小泉清二の各証言(各証言中後記措信しない部分を除く)を綜合すれば、前説示に係る債権者、債務者間の昭和三十三年五月二日以降二ケ月間と期間定めた雇傭契約の期間満了に際し、債務者会社労務課係員は臨時工に対する一般取扱例に従い同年六月下旬頃から債権者に対し再三従前の例に従つた二ケ月間の雇傭に関する労働契約書に調印すべきことを求めたが、債権者はそのつど印鑑がないとか仕事中で手が離せないなどの理由を申立てて調印に応ぜず、しかも前期間満了以後たる同年七月二日以降も旧来の作業場における就業を継続し、やがて同年八月十日から同月十七日まで出勤しなかつた後同月十八日出勤したので、前記労務課係員は債権者が就業している小型弁加工工場仕上係の係長及び班長などに指示して債権者に対し速に前記契約書の調印完了方を示達勧告せしめたが債権者はこれに応ぜず、同月二十二日には債権者は自ら労務課長辻史郎に面接して『契約書に調印していないから本工である』と主張し、同課長の契約書調印勧告を肯かず、更に同月二十三日債権者所属の作業課長小泉清二より更に重ねて契約書に調印するよう説得勧告を受けたがあくまで『自分は既に本工になつているから契約書作成の必要がない』旨の主張を曲げなかつたので、債務者は債権者が『既に本工になつたからと主張して臨時工としての契約書に調印することを拒否した』との事実を直接且主要な理由として即日(八月二十三日)に債権者に対し本件解雇の通告をなしたものであることが疎明せられ、右疎明事実に反する債権者本人訊問の結果はにわかに信用し得ないところである。しかしながら前記甲第一乃至第三号証、乙第二号証の一乃至九並びに証人辻史郎、同山田悟、同和暮義男及び同小泉清二の前記各証言を綜合すれば、債務者会社の総工員約三百二十名の中現場工員は本工と臨時工に種別され、臨時工総数約四十二名の中作業課所属の者の数は約十四、五名であるが本工と臨時工とは本工に関しては前示のような雇傭契約書を作成せず、ただ臨時工についてのみ契約書を作成すべきものとする外、その雇入の手続をも異にするのみならず、雇入後の待遇についても、本工には雇傭期間の定がないのに臨時工は一律に雇傭期間を二ケ月と定められていること、本工と臨時工とは各賃金その他の給与額算出の基準たる賃金体系を異にすること、本工に支給される家族手当が臨時工には支給せられないこと、通勤手当の支給態様が異なること、等種々の差別が一般的に定められているのであつて、個々の従業員が右に言う本工であるか臨時工であるかは最初の雇入に際して契約上明確に区別される取扱がなされていること、それにも拘らず現実に従事する具体的作業内容、作業種別の上では本工、臨時工の間に何等の区別なく、技能の点においても亦、本工、臨時工の区別に応ずる優劣の差が存するわけでもないこと、約四十二、三名という前記臨時工の数は一時的な数ではなく数年来ほぼ固定して此の数の臨時工を常時継続的に使用して来たのであつて将来においても臨時工の数を急激に縮少すべき企業上の必要の発生は予測せられていないこと等がいずれも疎明せられるのであつて、以上の事実によれば、現場従業員をその待遇上前認定のような差別のある本工と臨時工との二種に区別することは債務者会社の事業組織における固定した一の恒常的制度をなすものというべきことが明らかであるけれども、個々具体的場合において労務者がそのいずれの種別に属するものなりやは当該労働者と債務者との間の個々の雇傭契約によつて確定せらるべく、また現に確定せられているのであつて、既に具体的場合に契約によつて確定せられた当該労働者が二種別のいずれに属するやの点は当事者ことに労働者側の一方のみの意思を以てしては変更不能な関係と解せられるのであるから、債権者が臨時工として雇入れられ臨時工としての雇傭関係を継続したこと前認定の如くであり、しかも債権者としても作業課長その他直属の職制や労務課係員に向つて、ただ単に自己が本工であるとの主張をするのみで未だ自己の臨時工としての待遇を本工としてのそれに直ちに改めるよう要求して、債務者会社の事務を妨げるような言動をしたことはなかつたことが前記各証言によつて疎明される以上、たとえ債権者がその独自の見解に基き自己を臨時工にあらずして本工である旨主張したからといつてこれにより直に債権者、債務者間の雇傭関係に実質上何等の変動を生ずるわけではなく、したがつて債権者が右趣旨の主張をなすことを以て労務に関する企業組織を現実に変更破壊したものとなすことはできない。ただ債権者のこの様な見解が他の臨時工全般に波及し、臨時工全員が同調して卒然として一方的にその本工である旨債務者に対して主張し本工としての待遇を要求するに至るが如きことがあるならば、債務者にとつてその労務管理上一の紛争であり若しくは企業秩序の混乱とも言うことができようが、かりに、債権者の右主張の表明に促されて、臨時工が団結してその待遇の改善を要求するとしても、債務者会社と臨時工らの交渉の結果たる会社としての意思決定を待たないで、臨時工が一方的に本工としての待遇を獲得するため不法に実力を行使するような事態が発生する危険は、これを認めるに足るなんらの疎明方法もないのであるから、債権者が右主張をなしたことを以つて直ちに債務者会社における企業秩序を侵害する行為となし、あるいは雇傭関係における信義に反し雇傭関係を継続し難い事情があるとする債務者の主張は当らないものというべきである。のみならず前記証人小泉清二、同辻史郎、同和暮義男の各証言に弁論の全趣旨を綜合すれば、債権者が前記の如く既に本工になつたとの理由を明示して前記契約書の調印を拒否するに至つた八月二十二日以後においても尚債権者において臨時工としての契約書に調印さえしたならば債務者は引続き雇傭を継続し、敢えて解雇の措置には出でなかつたであろうことが推認される。そうだとすれば本件解雇理由はその重点を前記契約書の不調印におくものであつたと断ずるほかなく、これに反する前記証人らの証言部分は到底採用することができない。

そこで進んで債権者、債務者間の本件雇傭関係における契約書の意義機能について考察する。

債務者会社においてはその従業員中前示臨時工の雇傭については各個に労働契約書に調印せしめる取扱例なることはさきに説示したとおりであるが、法律行為における方式自由の原則は一般に雇傭契約にも妥当すべきものであつて、法律上書面行為たることを強制せられるものでないのみならず、臨時工雇入に関する債務者の前記取扱例もこれを以て債務者会社においては臨時工の雇傭契約を以て特に書面行為と定め雇傭される労働者も亦書面行為としての雇傭契約をなす意思を以てするものとは到底解せられず、債権者、債務者間の雇傭関係にあつてもその内容、態様は敢て契約書の存在成立を待たずして専ら当事者間の実質的契約さえ成立すればこれによつて確定せられるものと認めるのが相当であつて、その契約書作成励行の一般的趣旨も唯具体的場合の雇傭契約の内容を書面上に明確ならしめることによつて労働契約関係上の紛争を避けんとするにありと解せられるが、証人山田悟の証言によれば、債務者会社においては作成せられた契約書は労務課に保管せられ会社側の労働関係事務処理の参考資料として使用されるだけであつて、それ以外の用途に利用することは使用者、労働者双方とも皆無であることが認められるから、各臨時工につきその契約書を遣漏なく整備することは専ら債務者会社の側における労働関係の事務処理の便宜のための必要事項に外ならず、従つて契約書の整備は会社側の内部的事務秩序に外ならないのであつて、これを以て労使双方に妥当する雇傭関係、労働関係それ自体を律すべき秩序となすことはできない。尤もこのように専ら会社側の内部的事務処理の便宜のための取扱例にすぎないとはいつても直接労働者の法律的地位に関することであり、かかる取扱の故に労働者側に何等の不利益を課するものでなく、むしろ雇傭関係を客観的に明確ならしめるものとして労働者側の利益保護にも資するところがあることは法律もこれを認めているところである(労働基準法第十五条)から、労働者の側においても会社側の右取扱に協力を惜しむべきでないといい得べきことがらではあるけれどもさりとてまた会社側よりこれを強制し得べき筋合のものでもない。

そうすると債務者が前認定の理由に基き前記のような契約書の成立を待たずして前説示の如く既に昭和三十三年七月二日以降存続するに至つた債権者との間の雇傭契約を消滅せしめ債権者を終局的に労働関係より排除する結果を生ずべき本件解雇をなしたのは権利の濫用に該当し右解雇は無効というべきものである。従つて本件解雇通告にも拘らず債権者、債務者間には現になお基準賃金日額金六百二十八円(外に報奨金の名目で、若干の賃金が支給される定となつている点は当事者間に争がない。)期間の定なく雇傭期間以外の点では前記意味における臨時工として債務者会社の鋳鋼弁旋盤工として就労すべきことを内容とする雇傭契約が存続するものといわなければならない。

しかも債務者が本件解雇に基き債権者に対し昭和三十三年八月二十四日以降債務者の事業場における一切の就労を禁止し、もとより賃料の支払として何等の給付をもなしていないことは前記各証言により明らかであるところ前記甲第二、三号証、乙第二号証の一乃至九、成立に争のない乙第一号証、証人辻史郎、同山田悟の各証言並びに弁論の全趣旨を綜合すれば、債権者に対する賃金支払の方法が毎月二十日締切りで、毎月末日に前月二十一日以降締切日たる当月二十日までの一ケ月分を支払うことと定められていることが疎明され、労働基準法第二十五条、同施行規則第九条により契約所定の期日前に賃金の支払を受けるべき事由の主張疎明がない。そこで債権者は債務者に対し、右のように契約に定める方法で昭和三十三年八月二十四日以降の賃金の支払を求める権利がある。そして、債権者本人訊問の結果(但し前記措信しない部分を除く)によれば、債権者は妻と子供二人とともに尼崎市内に間借をして生活を営んで居るのであるがその家計の資は専ら債権者の労務に因る賃金に依存しているのであり、しかも債権者には両親が尚存命中で大阪府布施市に居住しているのであるが既に老令で自活の能力なく、両親の生活はこれと同居して女工として働いている債権者の妹の収入と債権者からの一ケ月金三千円乃至四千円の仕送りとによつて維持されていることが疎明せられるから、債権者が債務者との間の本件解雇の効力の存否を確定する本案判決に至るまでの間仮に賃金の支払を受けるを必要とする急迫な状況に在ることは明らかといわなければならない。

ところで本件解雇の通告当時における債権者に対する平均賃金額の三十日分が金二万五千六百三十八円に相当することは当事者間に争なく、右金額と債権者の前示生活事情とを対比考察すれば、特別の事情のない限り債権者における前示の如き急迫な事情に対する暫定的措置としては債務者をして前記平均賃金額の金員を仮に支払わしめることを相当とするものと認められるところ、債務者が本件解雇の通告と同時に債権者に対し現金二万五千六百三十八円を交付し債権者がこれを受領したこと当事者間に争なく、しかも債権者において右金員を直ちにあるいは後日債務者に返戻し、またはこれを供託した等の事実を認むべき疎明はないのであるから、該金員授受の趣旨について債務者はこれを労働基準法第二十条所定の解雇の予告手当と言い、債権者はこれを昭和三十三年九月分の賃金なりと主張して争うといえども、その趣旨がいずれであるを問わず右金員は債権者においてこれを受領した後任意その用途に使用費消したものと推定すべく、実質的には右金額の限度においては既に賃金の仮払を得たと同一の結果を生じているものと解せられる。

そして右金額算出の基準たる期間の最終日が同年九月二十二日に当ることは前に説示したところより明らかである。

以上を綜合すれば、債権者の本件申請は、債務者に対して本案判決に至るまで本件解雇の意思表示を無効のものとして取扱うことを命ずることを求める部分及び昭和三十三年十月末日において同年九月二十三日以降同年十二月二十日までの二十八日間の前記平均賃金額の割合による金二万三千九百二十八円八十銭を超えない金二万三千円及び爾後毎月末日において前月二十一日から当月二十日までの期間についての前記平均賃金額の範囲を超えない一ケ月金二万三千円の割合による金員の仮払を求める限度においてはその理由があり、(そのうちすでに本件判決言渡の日までに弁済期の到来した分については即時にその支払をなすべきものである。)その余の申請は理由がないものとして棄却されるべきものである。

尚申請費用の負担につき、債権者の申請を棄却したる部分は特に右負担を左右すべきものとは認められないから民事訴訟法第九十二条但書を適用しその全部を債務者に負担せしむべきものと定める。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 日野達蔵 前田亦夫 高山晨)

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